そして一年後、子どもがモラ夫の家から戻って来た

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なかなか会えない上の子とのその後

母子2人の生活は安定したけど、上の子を早くこの家に呼ぶにはどうしたらいいんだろう? と悩んでいた。

弁護士さんはカウンセラーではないし、子育て経験もない若い人なのでこの件を相談することはできなかった。だからやっぱりカウンセラーJoeさんに相談した。

アドバイスとしては、暗い顔してこっちにおいでと頼むより、めっちゃ楽しそうに2人で暮らしてるところを見せて、「で、いつ来るん?」程度のほうがその気になったときに行きやすいんじゃないかということだった。

「なんか、あっちのほうが楽しそう…と思った方が前向きじゃない?」って。

Joeさんはいつも、深刻な内容なのに軽快に斬新な提案をしてくれるから目からうろこが落ちる。

「ほっとけばいい。
子どもが自分でモラ夫のもとにいるほうがお金の心配がなくてトクだと判断したならそれでいいし。
巣立ちが少し早くなっただけで、思春期過ぎれば母ちゃんに会いにくるでしょう。」

「モラハラから逃げたなんてネガティブだし悲壮感ありすぎてあこがれないけど、
自由で楽しい生活を満喫してる母親のほうがカッコイイと子どもは思うもの。」

なるほど、なるほど……。

わたしはとりあえず部活の保護者会で事情を話し、モラ夫がこわいから今後わたしは顔出しできないし、車出しもできないけど、子どものよりどころなので部活に参加させてくださいと頭を下げた。

子どもは1~2ヶ月に一回ほど、前ぶれもなくモノを取りにきたりモラ夫から差し入れのようなものを持ってくることもあったけど、わたしからの連絡手段はない。

ときどき下の子の送迎中などに通学路ですれ違うこともあったけど、声をかけても完全無視。

心が折れそうになりながらも、相手は思春期の子どもだよ、ドンマイ! と自分をはげます日々だった。

親子説明会でブチギレ

学校の先生から、行事の説明会を保護者と生徒といっしょにしますという連絡をもらった。
もちろん子どもからプリントをもらってないけど、出席しますと答えて当日学校に行った。

生徒が先に席に座っていて、そのとなりに保護者が座るというスタイルだったので、子どもを見つけてとなりに座ろうとすると、子どもがキレた。

「なにしに来たんだよっ!!」
と言いながら、わたしが座ろうとしたイスを突き飛ばした。

すぐに担任の先生が大丈夫ですかと来てくれて、イスをもどして座らせてくれたが、子どもは欠席で空いている他の席に勝手に移ってしまった。

全員の前で母を拒否され、ぽつんと一人座るわたし。公開処刑。

となりには、ちょっとした顔見知りの、やんちゃで有名なお子さんとお母さんが座っていて、
「あるよね、わかる。」と言わんばかりの表情でウンウンうなずいている。

泣きたくなるほどみじめな時間となったのはいうまでもない。

旅行お迎えでブチギレ

うちから修学旅行に送り出したわけではないけれど、出発の日はママ友にさそわれてこっそりとバス出発の見送りに行った。

帰宅の日も荷物が多いからお迎えに行く保護者が多いとママ友が言うので、もし親が来ていないとさびしいかなと思って出かけて行った。

子どもを見つけて、陽気におかえり~ってかけ寄ってみたけれど、公開処刑アゲイン。

「なんで来たんだよっ!!」
とわたしを突き飛ばしてさっさと帰って行った。

みんな親子で荷物を抱えて帰って行くなか、一人で帰るのはつらかった。

部活応援もスルー

万が一モラ夫が来たらこわいので、部活にはいっさい行かないようにしてたけど、ある日、この試合は見にきたほうがいいよと部活ママから連絡が来た。

わたしはモラ夫が来てませんようにとビクビクしながらも見にいった。

保護者のところに報告やあいさつに来るしきたりがあって、わたしも他の保護者といっしょにならんでいたけど、子どもは目の前に立ちながらもわたしとまったく目を合わせないでスルーされた。

運動会お弁当も無視

運動会のお弁当は、親と食べずに友だちと食べる子どもも多いので、子ども2人の分をそれぞれつくった。

かなり前から運動会のお弁当を朝こちらに取りに来るようにと伝えていたのに来ない。
会場では生徒が多すぎて見つからず、お昼に下の子と食べながら待っていたのにやっぱり来ない。

後日どうしたのか聞くと、コンビニで買って食べたそうです・・・。

一年後、ついに上の子が戻ってきた!

スーツケース

キツすぎる反抗期のしうちを受けながら一年が過ぎるころ。

わたしの実家で不幸があり、上の子を連れて行き一泊過ごすというようなこともあったけれど、あいかわらず離れた生活を続けていた。

ある日、子どもがとつぜん、
「夏休みになったらそっち行くから。」
と言ってきた。

もう二度といっしょに住むことはないと思っていたけど、しつこく「いつ来るの?」って言い続けてきて本当によかった。Joeさんのアドバイス、すごすぎる!

あきらめ半分ではいたけれど、おいでって言わなくなってたら子どもは「行く」ってサラッと言えなくなってたよね!

そして夏休み、子どもが一年ぶりに戻って来ることになった。

ちょいちょい元の家に持ち出していたモノや一年で増えたモノもたくさんあるので、かなりの荷物になるという。

でも、モラ夫に車で送ってもらうのはわたしはぜったいイヤ。
荷物を降ろして部屋まで運ぶのに時間がかかると、なんだかんだで顔合わせざるをえなくなるかもしれない。

そこで、図々しくも友だちにお願いすると、夫婦で子どもを元家に迎えに行って荷物を運んで来てくれると言ってくれた。

荷物積み込みの進み具合を連絡してもらいながら家でそわそわと待っていると、友人夫婦の車に乗ってたくさんの荷物を持った子どもが、ついに戻って来た!

その日は久しぶりに3人で夕食を食べ、家の勝手だったり、学校のことだったりアレコレ話かけるんだけど、子どもは無表情で必要最低限の返事しかしない。

その後、部屋にこもって、ご飯の時間だけはスッと食卓に出てくるという数日が過ぎたころ。

「友だちが来るからしばらく泊めていいか」というので、せまいけど困ったなと思いつつもOKを出すと、子どもの友だちがスーツケースを転がしてやってきた。

その友だちというのは、元の家によく遊びに来ていたわたしもよく知ってる子で、小学生のころ遠くに引っ越してしまって数年ぶりの再会だった。

元の家は戸建てだったから、そのつもりで久しぶり会いに行くから滞在させて~という感じでいたのだろう。

子どもも引っ越した事情なんかも当日まで説明してなかったらしく、

「母子だけ引っ越したんだよ、せまくてゴメンね、テへ。」
と軽く説明すると、細かいことは気にしないタイプのその子は

「大丈夫っす!」
と言い、貝のようにしゃべらない息子とちがってよくしゃべるその友だちに、住んでいる国はどんな生活なのかなどアレコレ聞いて楽しく会話をした。

以前のようにわたしと会話しない子どもに、その友だちが素でたずねる。

「なんかオマエ、母ちゃんに冷たくない? そんなんだっけ? まだ反抗期? オレとっくに終わったぜ。」
と、とにかく明るい。天真爛漫で、いい感じにKY。

「ごめんね~、ゴタゴタあって、この子と一年ぶりに一緒に住みはじめたのよ~。」
とわたしが説明すると、とにかく明るい友だちは、

「そうなんっすね!」
と言って、まったく詮索もしないしヘンに遠慮もしない。

下の子も、久しぶりに会ったフレンドリーで遊んでくれる兄の友人に話しかけたりいっしょにゲームしたりしている。

救世主のような友だちが一週間後に帰るころには、上の子はすっかり昔のように戻っていた。

食費はかかったけどマジで神だったよ、Kくん!!

今では反抗的だった過去をネタにして笑う関係に

それから3年近くたち、空白の1年があったとは思えないほど上の子とはふつうに生活している。

「あの時はみんなの前でけり飛ばしてよくも恥かかせたな! 一生忘れん!」
と時々わたしがおちょくると、

「盛るんじゃない! やったのはイスだし、それもけり飛ばしたんじゃなく手で倒しただけだ! 反抗期のことをいつまでも根に持つなや!」
と、子どもが返し、すっかりお約束コントみたいになっている。

そして先日の母の日には、おかずを一品つくると言ってたまごやきを作ってくれたんだけど……。

ナニコレ!?

        

あまりのひどいビジュアルに、3人で大笑い。
食べてみてさらに、砂糖多すぎだのパサパサしてるだの、お世辞はなしでギャーギャーにぎやか。

「もう二度とつくらねーか、逆に毎日つくりつづけるか、選択肢は2つだ!」
とキレ笑いする子ども。

モラ夫がいたら、こんな和気あいあいありえない。

子どもの失敗を笑うなんてひどい母親! と罵られるから、ツッコミなんてできない。
「味はいいよね」とか、「自分でできただけでもエライよ」とかしずしずと言わなきゃならず、楽しくないこと、この上なし。

モラ夫はいない。子ども2人は毎日明るい。
現在、うそみたいに幸せです。

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