第3回モラトーーク!対談相手の紹介
ヨシミさん・50代後半
子どもは3人で全員社会人
モラ夫は有名企業の専門職で年収3千万
離婚済(家を出て2ヶ月で協議離婚成立)
趣味がたくさんで楽し忙しの毎日のヨシミさん
久しぶり!
ヨガだ英会話だ整骨院だ(笑)と忙しくしてるうちに
コロナでごぶさただったわね。
ヨシミさんあいかわらず若いなあ。
ひと回り年上とは思えない!
Joeさんの勉強会に、わたしは2回目として参加したときに、
ヨシミさん初参加で隣の席だった。
あの時はうつ病になってはじめてモラハラを受けてたことに気づいたばかりで、
すぐに勉強会に申し込んだって言ってたよね。
すごい混乱してたようだけど、思い立ったらすぐに行動できる人なんだなと感心した。
わたし、興味があるものにはバーッと入れこんで
とにかく体験・インプットしておかないと気がすまないのよ。
だから、結婚してから全国を転勤しながら
無我夢中で3人の子どもたちを育てる最中は
あわただしくてモラハラなんて気づかなかった。
みんなみたいに経済的DVがなくて、
収入はじゅうぶんあったし給料は全部わたしがもらって、
毎月家計簿をモラ夫に見せて収支はオープンにしてたけど、
ケチケチ指摘入れられることもなかった。
いっしょに家計を運営してる♪ と満足してたよ。
すごかったもんね~。引っ越し荷物の洋服類!
わたしもいくつも高級な洋服とかバッグとかいただいて。
モラ夫が勝手に買ってくれたという値札着いたままの服も多かったね。
マジで100万越えの値札のついた毛皮のコートはウケたわ~!
「え?10万? いや、100万?ヒエー―!」って。
ふつうの主婦が毛皮のコート着てどこいくんだよってね。
モラ夫はわたしを着飾らせることが好きだった。
自分をよく見せる道具なんじゃないの?
モラ夫は無趣味だし、お酒もたしなむ程度、
タバコも吸わない、ゴルフもしない、ギャンブルもしないから。
お金使う機会がないもの。
ヨシミさんは美人でスタイルがいいからね。
高収入でステキな妻をもつ「オレ」、気持ちよかったんだろう。
家を出る直前までモラハラもなく暮らしてたのに、
なぜ突然脱出するほどになったの?
わたしがこんな性格だから、
ふつうにモラ夫がおかしなこと言ったら
ギャーギャー反論してケンカすることは前からあったのよ。
それこそ食器投げ合ったり(笑)。
携帯(ガラケー時代)折られたからわたしも折り返したり(コントか!)
髪の毛引っ張られたこともあるから負けずに突き飛ばしたり。
ねえねえ、免許証の末尾がわたし「2」なのよ!
ふつうは「0」なのね。
知ってる?
再発行したら、1、2、って変わっていくのよ。
そして更新してもそのまま。烙印押されてるわけ。
これはね、モラ夫からはさみで切られたからなの。2回も。
理由?
雨の夜に飲み会に送ってくれって言われて、
「子どもも小さいのにタクシーで行ってよ」と断ったら激怒。
「二度と運転すんな!」チョキチョキって(笑)
2回も?
あ~はっはっは!腹痛い!
免許センターで理由を説明するのも大変そうだな~。
免許証の末尾ルールは初耳だわ。知識が増えた。
出会ってすぐにさんざんLINEでモラエピソード紹介しあったのに、
まだ聞いてないネタがあったとは。
激しい夫婦ゲンカはあったんだね。
でもそれだけでは対等に思えるような。
モラハラだと思ったのはどんな感じで?
いちばん上の子が大学に進学したころから
なんだかわたしへの当たりが強くなってきて。
そして子どもたちが全員家を出て行ってから、
友だちがいないモラ夫がわたしを束縛しはじめた。
休みの日に出かけるのをいやがる。
「子どもの用事でもないのになんだ」と。
わたしの交友関係を切ろうとするのよね。
決定的だったのは、子どもが大ケガをしたから、
しばらく家を空けて子どものところにお世話に行ったとき。
子育てが終わってやっと自分の思い通りにできると思った妻が、
また子どもにつきっきりになるのが気に入らないの。
どうでもいい家事のアラを探してきつく叱ったり、
ちゃんとしろ、全部オマエが悪い、なんでできない!って。
あげくの果てには「子どもとオレとどっちを取るんだ?」と。
LINEで画像送ってきたあれね!
なぜか赤い字で「キッチンの排水口が汚れてる」
とか細かいことをあちこち貼りまくってるという…。
それに、子どもとオレとどっち?って、中高年のおっさんが。
「母親なんだから子どもはぜったいに見捨てられません」
と言ったら、そこからモラハラ攻撃が激化。
わたしは心労のせいか思考力がなくなって体調も悪くなり、
心療内科にかかったらうつ病と診断された。
そこで、モラ夫の言動はなんだろうと調べるうちにモラハラだとわかり、
結論は「離れるしかない」とわかって即別居を決意した。
ちょうどモラ夫が何かにつけて「離婚だ!」と脅してたので、
子どもも自立してるし、もう改善に向けて努力することもないかなと思って。
お金も把握してたから、財産分与と年金分割で老後ぐらい大丈夫だろうとは考えて。
とりあえずの別居先として独身の子どもさん宅へ行けたのがよかったよね。
結局は子どもさんも母と同居だと都合がいいからそのままで定着しちゃったし。
それにしても、うちからも見える❝この辺じゃランドマーク的なあの高級タワマン❞
から逃げたいと思えるほどつらかったのね…。
家は自由に住み替えできる賃貸がいちばんよ。
うちは転勤のたびに、
日本の北から南まで3軒の家を買ったけど、
売るのは大変だったよ。
ルカさんはこれから、安い団地でも都心のマンションでも
ライフステージと懐事情に合わせていくつも住み替えていけるから自由よ~。
ヨシミさんとこのモラ夫は、
妻に突然家を出られて、弁護士通してしか妻と話せなくなってから抵抗激しかったけど、
あきらめは早かったね。
家出て数回のやり取りで、
調停もせず協議で離婚成立まで2ヶ月。
スピーディー。
みんなみたいに養育費や親権の問題がないから、
お金のことだけだもんね。
ヨシミさんは数年後のモラ夫の退職金が入ったらそれからも分与する、
って決めてたよね、もう退職した?
うん、つい先日定年退職したよ!
そして退職の翌日に連絡もなく口座に振り込まれてた。
お金についてはちゃんと払う人でよかった。
結局、もらえた財産分与額は3千万円ぐらいだっけ?(ゲス視線)
ふふ、まーそんなとこかな。
(もっとか…!!)
老後は全然心配ないね~。
子どもたちも育て上げたし、
モラ夫のせいで免許証末尾が2になっちゃたけど、
これからは楽しく健康に長生きしようね!
ヨシミさんとの対談を終えて
ヨシミさんは、子育て終了までモラハラに気づかず、実際「はげしめの夫婦ゲンカもする快活な妻」として暮らしてきた人です。
夫に多少気むずかしいところはあるとはいえ、お金に不自由したことはないし、自分は幸せだと思っていたそう。
家を出るときの資金については、ヘソクリを貯めていたそうです。
とくに別居する予定もなかったころから、一般的な主婦のヘソクリとして、生活費から長年ちょっとずつを…。
家計簿を毎月いっしょに夫婦で確認していたとはいえ、おおざっぱでよかったので、たとえば食費がざっくり7万と記入しておいて5千円はヘソクリしてたとかいう感じで。
そのヘソクリが、弁護士に依頼する着手金として役に立ったそうですよ。
結婚30年のチリツモあなどれません。
実はわたしがお世話になった法律事務所を紹介してくれたのはヨシミさんなんです。
また、興味深い話も聞きました。
ヨシミさんは子どもたちも自立しているし、実子という事実は変わりないから、戸籍は自分だけモラ夫から抜いて、子どもたちはモラ夫の戸籍に入ったままにしているそう。
子どもが結婚したらどうせ親の戸籍から抜けていくので、すでに大人になっている子どもたちをあえて自分の戸籍に入れることはしてないけど、とくに不都合はないらしいです。
ところが、子どもさんが結婚することになり戸籍を取り寄せたところ、「知らない人が戸籍に入ってる」ということでモラ夫が再婚していたことが発覚!
子どもの戸籍だから戸籍の附票を取ればモラ夫の住所も追えるし、今回のように再婚していることも分かったりして、こちらはモラ夫の状況を知ることができるというメリットもあるんですね。
こういう戸籍のことも、子どもが大きくなってからの離婚のパターンで参考になると思いました。
はた目には、お金がじゅうぶんあって、今から老後という時に家庭内別居じゃなくて、わざわざ離婚しないといけないの?とうつるかもしれません。
それでもそれを選択したほうが、心身健康を取りもどせて、折り返しの人生をさらに輝かせることができる。
逆になんでわざわざ結婚生活続ける必要あるの?ってことですね。
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