新しい家から登校する
新居で初めて迎える朝。
慣れない通学路になるため、少し早起きをして子どもたちと朝食を食べ、それぞれ登校した。
下の子は小学校から微妙に校区外になってしまった。どうしても正式な校区内では物件が見つからなかった。初日は先生に説明しなければいけないので、子どもといっしょに学校に行き、担任の先生と校長先生に時間を取ってもらって事情を話した。
「いくらつらかったとはいえ、黙って家を出るとなるとモラ夫さんも驚かれたでしょう…」
男性の校長先生からは、ちょっとだけわたしを責め、モラ夫に同情したような雰囲気を感じた。
救いだったのは女性の担任の先生。夫が怖くてたまらないので秘密裏に別居を決行したと泣きながら告白するわたしを全面的に理解してくれた。
とにかく、引っ越したので校区外からの通学になることと、子どもの連れ去りをとても警戒していることを訴え、協力をお願いした。
脱出した翌日、親に電話で報告
いよいよ週末になる。モラ夫はわたしが逃げたことを知ったらまっ先にうちの親に電話をするだろう。ちゃんと説明をしておかなければならない。
親への報告、これが難関だった。
なにせ、これまでたいして道を外すこともなく、目立った反抗期もないまま成長したわたしは、とにかく親に自分の失敗や苦悩を見せたことがない。
大きななにかを成しとげたことはないけれど、田舎の小さな学校では成績も運動もできるほうだったので、ほめられこそすれ叱られたことはほとんどない。
ちゃんと就職もしたし、適齢期に結婚して、子どももうまれて、一家仲良く幸せな生活を送っていると信じている親に、いきなりこんな親不孝な事実を伝えるなんて……。心配かけたくない。
でも、しかたない。
覚悟を決めて、夜遅くに電話をかけると、母が出た。
「お母さん、ごめん。わたし、離婚する。アパートを借りてきのう家を出た。」
ようやくそれだけを言えて、泣き崩れるわたし。
母は本当は寝ていたようだったが、一気に目が覚めて、混乱した様子でたずねてくる。
「どういうこと?どうしたの!?」
15年のたまりにたまったできごとを深夜の電話で説明できるわけもなく、泣いて言葉にならないながらも、とにかくモラ夫が怖くて怖くてもういっしょに暮らせないということを伝えるのがやっと。
車で2時間以上かかる遠い実家だけど、翌日親がやってくることになった。
モラ夫が手紙を読んだと弁護士から連絡がくる
モラ夫の単身赴任先には、長年のモラハラに耐えかね家を出たことと、今後の婚姻費用の請求の件、今後の連絡は代理人弁護士を通すようにという内容証明を送りつけることになっていた。
ただ、単身赴任先から帰ってくるのは通常は週末だけど、ときどき連絡もなく平日に帰ってくることもあったので、場合によっては内容証明を受け取る前に家に帰ってくるおそれもあった。
そのため、同じ文面をコピーして、ガランとなった元の家のテーブルの上にも置いていた。
どちらを読んだのかわからないが、弁護士さんから、モラ夫から連絡がきて、すごく動揺していたと教えられた。
そして、モラ夫は
「離婚はぜったいしない、家にもどってきてほしい、つらい思いさせないようにする、生活費もじゅうぶん渡す」
と言っているとのこと。
ただし休日は弁護士事務所が休みで対応できないので、話は週明けにもちこし。この日はここまでだった。
なにも知らずに単身赴任先から、誰もいなくなった自宅に帰ってきたモラ夫は今なにを思うのか……。
気の毒? かわいそう?
そんな気持ちがよぎらないわけはない。
でも、これまでの幾多の泣いた日々を思えば、当然の報い。
新しいこの住まいが知られるはずはないのに、モラ夫の超能力で探し出して押しかけるのではないかとおびえ、何回も何回も玄関ドアのカギを確認にいく。ガタガタと手の震えが止まらない。
わたしと子どものケイタイは着信拒否設定をしているので電話が鳴る心配はない。
でもきっと実家やわたしのきょうだいなど知っている身内の連絡先に電話をかけたりしてるのではないか?
わたしもモラ夫も、長い夜になったのはまちがいない。
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