モラハラ人間につかまらないように小さな違和感を見逃さないで!

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赤い花

モラハラされる人は「見かけによらず気にしやすい」性格が多い

モラハラされやすい人の特徴として「気にしすぎる」傾向があります。

ただ、おとなしくて女性らしくていかにもいろんなことを気にしそうな人っていますけど、
モラハラされる人は見た目がそうではないことが多いようです。

一見、快活でハキハキものを言ういかにも自立した女性という風に見えて、
実はいま話題のHSP(Highly Sensitive Person:繊細さん)だったりします。

わたしも、つきあいが短い人からはまちがいなく、
「おおざっぱで豪快で細かいことは気にしないタイプ」と思われます。

だけど実際には、人に嫌われることを極端におそれていて、
周囲からの自分への評価が低かったりすると耐えられないから、
自分が「どうしたいか」より、「どうすべきか」という他人軸にとらわれている傾向が強い。

ずっと前から、どうもわたしは他の人に比べてこういう点があると気づいてはいたけど、
これはどうしてなのかと考えると一日が終わり夜も眠れなくなるくらい答えが見つからないので、

とにかく「嫌われない・低評価を受けない」
ということだけを注意して生きてきました。

その結果、自分の気持ちを抑制したり人一倍努力したりという、
自分の欲求や時間など、犠牲にすることやガマンすることも多かったけど、
それで人間関係もいい感じにやってこれたし、勉強も仕事もなんとか人並みにやってこれたんですよね。

とはいえ、すべてにおいて自分を二の次にして他者のために生きてきたのかというと、そうでもない。

自分の希望を主張したり、友だちにデリカシーのないことを言ってしまったり、
そこそこみなさまに迷惑をかけながら生きてきたと自覚してます。

ただ、やっぱり、HSP関係の本を読むと、自分は当てはまるし、
「人になに言われたって平気」
と公言する人とは人種がちがうなと感じるくらいうらやましい。

なんにつけてもどう見られるか・どう思われるかを考えられずにいられないんです。

モラハラテストでターゲットを見極めるモラハラ人間

いろいろ気にしすぎるタイプだとしても、逆にズケズケとあっけらかんすぎるよりも、
人づきあいにおいては有効だったりするので、そんなに困ることはありません。

問題は、そういう「人の目を気にし、人に気を使いすぎる繊細な人」がモラハラ人間と出会ってしまったときです。

モラハラ人間は、モラハラされる人間とは逆に、一見とても腰が低くて、
「どうぞどうぞ」と他人を立てて耳ざわりのいい言葉をならべて人格者を装います。

だけど、モラハラ人間は相手のちょっとした反応などを観察し、すぐに他人にゆずりやすいタイプの人間を見つけます。
しかも、なぜかいかにもおとなしいタイプではなく活発な女性に近づいて、ひそかなモラハラテストをしかけます。

モラハラテストは、ちょっとしたムリを受け入れてくれるかどうかをじょじょに強めていくというのが王道です。
ですが、日常のできごとでターゲットがどう行動するかを観察するということでモラハラテストを行うこともあります。

わたしとモラ夫の例でふりかえると、たとえばこんなことがありました。

わたしはずるくてセコイこともたくさんしますが、基本的にマジメで正義感が強いです。

なので、行列にならんでいるときに、わりこみされたりすると許せないのですが、
だけど面と向かって「わりこみしないで」とは言えません…。

気が弱いとか、人前で怒るのが恥ずかしいとかもあるけど、
「もしもなにかの事情で自分がまちがっていたらどうなの?」
という不安がわきあがるんです。

だからせいぜいモラ夫にコソコソと言うだけです。

「なんか、しれっと入ってきた感あるけど、もともとならんでて戻ってきただけかもね」
「子ども連れてるし、ならび方が分からないのかもね」

いつものキャラからすると、反射的に「わりこみですよ!」と注意しそうなわたしが
こんな風にあれこれ他人の事情を想像してゆずってしまう現場を見て

「こいつはドンドンふみこんでいける!」

と、モラハラテストに合格してしまい、モラ夫にロックオンされてしまったのではないかと思います。

小さな違和感をなかったことにしない

わたしは小さなことをクヨクヨするタイプのくせに、
細かいことは気にしない風にふるまっていました。
人間関係を円滑にするために。

だから、モラ夫のちょっとした違和感もいちいち指摘せず、もやもやしながらも水に流していました。

わたしの出身校、親きょうだいのこと、趣味や経験のこと、そういうことに対して
ほんのちょっと悪意を感じることを言われたとしても、
「考え過ぎ」とか「深い意味はない」とか自分に言い聞かせ、モラ夫を擁護して見逃していました。

だけど、それまでいい人に囲まれた人生だったとわたしが思っていたのは、
そういうちょっとした違和感を感じた人たちとはだんだん距離をおくことに成功していたからです。

なんでモラ夫にかぎって、違和感をにぎりつぶして許してしまったのか。

それはやっぱり、結婚を意識した適齢期につき合っていて、
モラ夫の学歴とか職業とか容姿とか申し分なかったという打算的な考えがあり、
なにより、その小さな違和感さえ目をつぶれば、やさしくて人望もあつくていい人だったから。

カン違いかもしれない小さな違和感以外は、完璧に見えた。

だから目をつぶってきた違和感がまた頭に浮かんでも、打ち消していました。

「自分は人に言えるほど完璧なの?」
「自分だって人にイヤな思いさせること言ったことあるでしょ?」
「欠点のない人なんていないのに、そんなんじゃ結婚できないよ?」

こんなことを考えてしまうのは、ひとえに自分に自信がなかったからで、
自分を棚に上げて人を批判するのはいけないことだというモラルにしばられていたからで、
適齢期に結婚しなければ幸せにはなれないんじゃないかという常識にとらわれていたから。

なにごとも過ぎてから大切なことに気づくもの。

「小さな違和感」だなんて心に引っかかっている限りは
実は小さくはない違和感なのだから、
まだ結婚してないけど相手がモラハラかもしれないと思っている人はとくに気をつけてください。

小さな違和感を見逃してはいけません。
本当に小さな違和感ならいつまでも気になったりしないから。

それは違和感ではなくて問題点なんだ
という覚悟で相手をよく見つめなおしてください。

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