モラ夫からあびせられた最大級の暴言

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モラ夫が単身赴任になって2年が過ぎた。

だんだんとモラハラ言動は復活し、お金のしめつけが激しくなってきていた。

お金

モラ夫は自分へのお金は惜しまず、妻へは出さない

モラ夫は自分の実家が大好きで、長期休暇のときはもちろん、ふつうの土日にも泊まりで行こうと言い出す。


少し遠いとはいえ、日帰りもできるのに必ず泊まり。


子どもが小学校高学年になってもひんぱんに祖父母の家に泊まる人はそう多くないと思うけど、モラ夫はまわりの「ふつう」は受け付けず、俺様のルールで生きている。

かたや、わたしの実家にはなにか理由がないと行くことはできない。


時間が取れたからという弱い理由ではモラオ実家が優先されるので、法事などイベントがないと盆正月以外に行くことはできない。

「わたしの実家に行くと、あとでネチネチと文句を言われたりろくなことにならない」
ということを長年のすったもんだで思い知らされたから。

そんな、年に1~2回しかない実家への交通費も、パート代から自分で出すようにと言われた。

子どもが中学校に入学するとき、制服などの購入代が10万円近くかかった。


モラ夫は数ヶ月前からお金がないないとほのめかし始め、入学の時期になって出してほしいと頼んでも案の定出せないと言う。


それでは困ると言うと、実家からもらったお祝いから出して、と。
子どものお祝いはこれまですべて貯金してきたのに、そういう思いも尊重してくれない。

モラ夫からわたしの人生史に残る暴言をあびる

そして中学校はじめての運動会の日に事件は起こる。

モラ夫は、仕事でどうしても帰ってこれないと残念そうにしていた。

わたしは下の子をつれて運動会に行ったが、生徒数が多すぎてほとんど息子を見つけることができない。
出場するプログラムも3つぐらいしかなく、写真もビデオも小さくしか撮れなかった。
スマホでは写真を撮ってないので、モラ夫に写真を送ることもしなかった。

さらにタイミングが悪いことに、その日はわたしが年に一度のお楽しみにしているライブの日だった。

なので、夕方子どもたちと家に帰ると、夕飯を用意して子どもをおいてライブに出かけた。

小中学生をおいて夜に留守番させるのはよい母親とはいえないけど、まわりにそんなママ友はたくさんいるし、いいよね。

途中モラ夫から何度か着信があったのでかけなおしたがタイミングが合わず出なかった。

夜ライブが終わって、帰ってからモラ夫に電話をかけてみると、つながったとたん激怒のモラ夫。

ライブハウス

「ライブだったから出られず、かけなおしたけど今になりました、スイマセン。」

と、謝ったけどモラ夫は怒り狂っている。

「かけなおした、というのがそもそもおかしい。運動会の状況を電話して知らせるべきだろう」

「オレたちが仲悪いのは分かっている、オマエの予定なんか興味ないからライブがどうだとは言うつもりはない。
とにかく運動会に行けなかったから子どもの様子を知りたいと思っているオレの気持ちをなぜ察しない?」

仕事と聞いてたからこちらからは電話しないように気を使ってたし、運動会見に行っても子どもの出番がよく見えなかったから報告する内容もあまりなくて、などと必死にいいわけしながら謝ってもムダ。

「オマエは人の気持ちが分からない発達障害だ。
まわりもみんなそう思ってるよ。
言われたことない?」

と、最大級にわたしを否定する暴言を発した。

あとで思い出すと、ハァ? とあきれこそすれ、ショックを受けることはないのに、
この時はそんなことを言われてガーンと目の前が真っ暗になるほど傷ついた。

そのあとも、モラ夫はいろいろとくり返していたが、

「オマエは発達障害」
「みんな迷惑してる」
という言葉が頭の中を無限にこだまして、意識が飛んでいくような感覚になった。

※発達障害についての知識はなく、発達障害自体を否定しているわけではありません。ただただ、わたしがモラルがないとダメ出しされた感じがしました。

「ふつうは家族をだいじにするよね? 自分の楽しみより家族の行事を優先するよね?」
「バレンタインにチョコをあげないとか、だいじな日に連絡をしないとか、まわりの人の気持ちを考える能力が欠けている。発達障害だから。」
「自分が悪いかどうか友だちに聞いてみたら? みんなオマエが悪いと言うよ。もっとも、そうでないなら友だちもおかしいんだけど。」

その日の電話の説教は一時間以上続いた。

せっかくの楽しいライブの余韻もぶちこわし。

翌日も、その翌日もしつこく電話がかかってきて、同じような説教をされたり、あるいは言い過ぎたゴメンと言ってみたり。

「発達障害だからしかたないよね、ゴメンゴメン」
としつこく。

あまりにショックだったし、しつこかったので、この暴言も調停時の資料へとチョイスした。

スマホの着信にふるえる日々

着信があるたび恐怖で本当に指がふるえていた。
あんなに電話がこわいと思ったのは、後にも先にも記憶がない。

その後、さらに単身赴任からモラ夫が帰る週末は恐怖になり、
ライブに行くお金はあるんだなと思ったのか、ますます生活費や子ども関係のお金を出さなくなった。

でも、子どもが直接目にするような、喜ぶようなお金はじゃんじゃん出す
週末のたびにおもちゃや服を買ってあげたり、外食をしたり。

習いごとでテキスト代や道具の追加代などを払うのは、子どもの目につかないからモラ夫が出すことはせず、わたしに丸投げ

子どもには、パパはなんでも買ってくれるけど、ママはケチというふうに見える。

こんな生活が子どもが成人するまで続くのかと思うと絶望していった。

が、ほどなく、わたしをモラハラから脱出させてくれるきっかけとなる運命の日がおとずれる。

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