モラハラからはすみやかに逃避がベスト。世間もモラハラ許すまじの空気になっている

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走る犬

ふりかえればモラハラにあう素質があったわたし

夫からモラハラを受けていると、頭の中では逃げたいという思いがふくらんでいくのに、
今の生活から抜け出すのは不可能と思ってしまいます。

だいたいモラハラにあってしまう人というのは、
根がマジメでガマン強いし、
今までやってきた努力や積み上げてきた実績を投げ出すということが苦手な性格。

わたしも例にたがわずそんなタイプですけど、なぜ15年もモラハラに耐え、
明らかにひどくなっていくモラ夫の言動を止められるどころか助長させたのかを考えたりします。

そもそも、わたしが悪かったのか?

たしかにわたしは「イヤ」というのが苦手だと自覚してます。

そのせいで、学生のころには全然タイプじゃない人から誘われてもNOといえず食事に行ったり、
就職したら上司から食事やプレゼント攻撃というセクハラを受けながらもハッキリいやと言えずに悩んでいました。

わたしは、まわりからはおそらく、思ったことをすぐ言ってしまう毒舌っぽいキャラと思われてるのですが、
実際は、気が弱い人でもそれは断るよねっていうようなことを断ることができません。

だから、男性から気がすすまない食事に誘われても、告白されてるわけじゃないから都合さえあえば行ってたし、
セクハラ上司から電話がかかってきてもガチャ切りできずに会話につきあってしまったりしてました。

だって、決定的な告白をされてないのに、「NO」と言ったら、
なにカン違いしてるんだよと思われやしないかと。
そういうふうにとらえられたらと思うと耐えられないんですよね…。

ちなみにセクハラ上司には耐えかねてわたしは会社を辞めました。
親には理由を言ってません。
仕事がつまらなかったからと説明してさっさと転職しました。

こんな自分の性質、プライドが高いのとはなんかちがうな~とモヤモヤしていたんだけど、
自分に自信がないのが原因で、たぶんこれが自己肯定感が低いということなのかな。

人は人、自分は自分ってなかなか思えない。

モラハラ人間は、瞬時にそういう性格を見抜いて、
これは耐えられるかな? というモラハラテストをくりかえして、
晴れて合格したら結婚相手に選ばれるのかなと思います。

一生モラハラできる奴隷を手に入れるってわけですね。

「置かれた場所で咲きなさい」ではなく「逃げるは恥だが役に立つ」

夫がモラ夫。
もう毎日が暗黒ですよね。不運でしかない。

といっても、モラ夫が機嫌がいい日もやさしい日もあるし、
もっと言えばそういうなにごともない日が多いんです。

でも、なんせ相手はモラ夫だから、
こっちが細心の気を使ってこそ得られるおだやかな日々なんですよ。

NGワードを口にしない、地雷行動を起こさない。
つねに先回りして気を使ってモラ夫に怒られないように立ちふるまう。

なのに、信じられないほどささいなことで激怒する。
そして生活費を渡さない。

人生詰んできたな…と悩んでいたころ、テレビではベストセラー作家のシスターが、

「自分の境遇をなげくのではなく、その環境でできることをして輝きなさい」
と説いていました。
自分がされてうれしいことを相手にしてあげると、相手も変わってくれるのだと。

「置かれた場所で咲きなさい」…美しいことばです。

でもね、モラ夫にはそんなの通じないというか逆効果です。

モラハラライフの現状を受け入れて、その中でできる喜びをなんとか見つけ、モラ夫の機嫌をよくするために尽くす。

まっとうな人間相手なら、「置かれた場所で咲きなさい」思考で人生は好転することまちがいないですよ。

だけど、相手はモラ夫。
そんなんやってたら、つけあがってどんどんモラハラがひどくなります。

楽しそうにしてる妻。
モラれてもめげない健気な妻。
お金をあげなくてもなんとかやりくりするたのもしい妻。

そういう妻が許せないのがモラ夫ですから。

「置かれた場所で咲きなさい」は、一般人には良書でも、モラれ妻が読むには危険な本だと思います。

わたしたちに必要なことばは、「逃げるは恥だが役に立つ」でしょう。

これはハンガリーのことわざで、今いる環境にしがみつくのではなく、
逃げることも選択肢にいれ、自分の得意なことが発揮できる場所に行こうという意味だそう。

「自分の戦う場所を選べ」という意味なので、「置かれた場所で動かずがんばる」とは真逆の発想です。

モラハラからは、まちがいなく「逃げるが勝ち」なんです。

モラハラは許されない時代になった

いまや、日本の夫婦の3組に1組は離婚しています。
また、離婚してはいなくても、長年別居したままなどの夫婦もいます。

そしてその理由は、モラハラ受けてる身からすると驚愕するほどふんわりした「性格の不一致」だったりします。

それでも、自分が自分でいられないのなら、つらくてしかたないのなら、
離婚もやむなしだよねという雰囲気の時代です。

昭和のころの、ガマンが足りないとかいう類のバツイチへの偏見はほぼありません。

シングルマザーの人がいても、「ダンナが大変な人だったんだろうね」と思う人がほとんだと思います。

とくに女性は、DV・不倫・借金を許せません。
そこに、近年ではモラハラも加わっているのを体感してます。

さすがにわたしの親世代には説明しないとモラハラが通じなかったけど、
周囲への別居の説明は、「モラハラに耐えかねて」と言うと
100%それ以上なにも言われずに納得され同情してくれます。

モラハラが分からなそうな人へは、
「夫がこわくて」と言えばもう何も言われません。
おそらくDVとか勝手に想像してくれてるんだと思います。

あらゆるハラスメントが許されない時代、
家庭という密室で行われる夫婦間のモラハラを世間は許さない空気です。

モラハラから逃げることを恥じることはないんです。

世間体が気になってモラハラから逃げることをためらっているあなたへ伝わればいいなと思います。

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