子どもとモラ夫の面会交流はじまる

この記事は約4分で読めます。
親子

お金入るが子ども戻らず

モラハウスから脱出して3ヶ月目に、毎月婚姻費用を振り込みしてもらえる確約がとれた。
さっそく、数日後にはこれまでの未払い分として2ヶ月分が振り込まれた。

調停で決まったことだから、今後もし不払いがあったとしても給料から差し押さえができるので、口約束とちがって安心感が大きい。

思い返すと5年前、はじめてモラ夫に身体的暴力を受けた直後に逃げ出したいと思いだしたころは、お金なんていらないからモラ夫から離れたいという一心だった。

でも、実際あの時しっかりした知識や制度を学ばないままモラ夫から逃げ出していたら、やっぱり生活に困ったと思う。

だから、なかなか脱出するふんぎりがつかず準備期間に何年も費やしてしまったけど、手順をふんで脱出してお金をもらう権利を勝ち取れたのは大成功だ。

でも、、、

まさか子どもを取られるとは思いもしなかったので、そのことは深く心残り。…失敗した。

幸い子どものうち一人は手元に残ったので、一生懸命これでよかったんだという理由をあれこれ考えては自分に言い聞かせた。

  • 家族が等分割になったから、モラ夫の怒りは減ったかも。
  • 18歳になったら子どもは独立するもので、それが早まっただけ。全寮制の中学に入った家庭と同じ。
  • 上の子はまじめだから、モラ夫からふんだんに教育費をかけてもらえるほうが幸せかも。

モラハラされる中でつちかってきた、謎のゆがんだポジティブ思考というか、なんちゅーか。

モラ夫はちょっとアレなところあるけれど、
「こんなケースと同じ」
「こんな人よりマシ」
だからわたしは幸せなほうだよね。

15年間をこの前向き精神(?)で耐えてきたのだから。
上の子とは距離があっても、下の子がいるじゃないか!

きょうだい

ただ、仲がよかったきょうだいを離してしまったことは申し訳なく思った。

テレビを見たり、食事をしたりするとき、上の子が好きなものなどを話題に出したりすると、下の子は明らかに不愉快そうな顔をするようになった。

モラ夫についていった兄よりわたしを見てほしいという、不安から出るメッセージなのかもしれないと感じて、欲しがっていたものを買ってあげたりとちょっとあまやかすことにした。

わたしの仕事が遅くなったり土日に仕事が入ったりすることもあったけど、事情を知っているママ友が夜までいさせてくれたり休日も遊ばせてくれたりと助けてもらった。

子どもとわたしの2人の生活は笑顔が絶えなかった。

モラハラのない生活って、こんなにストレスフリーなのか……。知らなかったな。
くだらないモノマネをして息が止まるほど笑いころげるというような、モラ夫がいるとぜったい実現しない平和な生活。

わたしは、DVから逃げた母子家庭の世間一般的なイメージとはかけはなれたような愉快な毎日にそこそこ満足していた。

上の子は、モラ夫と義母の前ではじけることもできず、クッソ息が詰まる毎日になってないかな? と心配はしつつも・・・。

下の子とモラ夫、面会交流はじまる

婚姻費用請求調停で、下の子と月に一回程度の面会交流を行うことも決まっていた。

面会の日時の約束などはすべて弁護士さんを通すことになった。
ぜったいに直接連絡を取りたくなかったので、まどろっこしいけど弁護士さんを通すようにした。

モラ夫が候補日を弁護士さんに伝える→ わたしが子どもの予定などを確認して決定し弁護士さんに伝える→ 弁護士さんがモラ夫に伝える

弁護士事務所の連絡可能時間でやらないといけないので、一日では決定しないし、もし直前に予定がダメになってしまったら連絡ができないのがけっこう大変。

たとえば、面会が日曜なのに弁護士さんと連絡取れない土曜日に子どもが熱を出したりしてキャンセルしたいとき。
子どもの急用が入ったから土曜の面会を日曜に変えたいとき。

下の子は元の家にいるころからキッズケータイを持っていたので、子どもとモラ夫は連絡が取れる。
だけどなぜか子どもがイヤだというので、キッズケータイは解約したから持ってないという体(てい)になっていた。

苦渋の決断で、緊急連絡に限ってLINEで直接連絡をしていいと弁護士さんに伝えてもらった。
幸い、LINEで連絡をする必要はそれから一度もなかった。

はじめての面会の日が決まり、待ち合わせは近くの図書館の駐車場ということになっていた。

子どもは、ママが見つかったらいけないからついてこないでと言うけど、心配でしかたがないので、こっそり別の道から現場が見える場所に先回りして様子をうかがった。

無事にモラ夫の車に乗り込むのを見届けて家に帰ったが、このまま帰してもらえなかったら…と思うと、約束の時間に帰宅するまでは不安でしかたなかった。

心配に反して、子どもはなにごともなく帰宅。洋服や本などたくさん買ってもらい、おいしいものを食べてきたと話し、楽しかったと言った。

親子は親子なんだし、下の子がモラ夫を怖がったりきらったりしてないのはよかったなと感じた。

これ以降、だいたい月に一回、どこかへ連れて行ってもらい、ごはんを食べて、洋服などを買ってもらうという面会交流が続いている。

コメント